「日曜日が待ち遠しい!」厨房のあたりから、清澄通りに面したSacra cafe.の窓を眺めていると、
それはまるで映画のスクリーンのようだと以前から思っていた。
晴天、曇天、雨天、そして朝に夕べにと、そのフレームの中に
道行く人の姿、自転車や車が流れてゆく。
ときおり、店の前に立ち止まって話をしている人がいたりすると、
何を話しているのかはまるで聞こえないが、窓枠というフレームの中で
役者が芝居をしているような感じがして、
構図としてはもう少し左寄りの立ち位置の方が安定しているかな・・・
などとそんな余計なことを思っていたりする。
先日、気になったので初めて窓の大きさを測ってみた。
そして何と、驚いたことにその大きさは2170×1300、
つまりほぼ1:1.66のアスペクト・レシオをもった
ヨーロッパ・スタンダードのサイズではないか!
ならば自分が、窓をスクリーンに見立てたことも、
さらにそのような窓のある店舗で商売ができたことも
何かご縁があったとしか、いいようがない。
アスペクト・レシオにふれておくと、
記憶に新しいところでは「エレファント」に使用された1:1.37のスタンダード、
そして日本やアメリカで最も一般的な1:1.85のビスタサイズ、
さらに大作などに使用される1:2.35のシネマスコープなどがある。
1.66のサイズはかつてはヨーロッパで最も一般的なサイズであったが
現在の使用状況は知らない。
あのゴードン・ウィリスと並び、映画史上最高のキャメラマンである
ネストール・アルメンドロスは、自著「キャメラを持った男」の中で
以下のように述べている。
「私にとって理想的なのは1対1.66の比率で、これは黄金率による完璧な
長方形にきわめて近い、古典的な均整を保っているだけでなく、
構図についても躍動感をもたらしてくれる」
そして、
「映画において、フレームの中に良い構図を作り上げることは、
結局のところ、さまざまな視覚的要素を組み合わせて、全体が明快で
話法に役立ち、したがって見た目にも快いものになるようにすることだ。
映画芸術では、撮影監督の技量は、人物であれ物であれ、背景やセットに
応じて、1つ1つの形を切り離すことにより、映像を明確にする、
トリュフォーが言っていたように、映像を『清める』能力によって計られる。
言い換えれば、レンズの前の情景を視覚的に組織し、諸々の意義深い
要素を強調して、混乱を避ける能力が問われるのだ」
この今は亡き、愛と優しさと誠実に溢れたふたりのシネアストによる最後の作品、
文字通りトリュフォーにとって遺作となってしまった「日曜日が待ち遠しい!」も、
無論この、1.66の黄金率で撮られているのである。
映画について語るときに、芸術や文化のみならず、文明に関しても
持論が展開できるところに真の一流の証を見ることができる。
そして何といっても、アルメンドロスは絵画の国、
スペインの人なのである。(T)