「我が至上の愛 ~アストレとセラドン~」音楽プロデューサーの中野雄氏によれば
モーツァルトは神童の代名詞のように呼ばれているが
彼以上に天賦の才に恵まれていたのがメンデルスゾーンであったという。
今年生誕200年を迎えたメンデルスゾーン。
確かに16歳のときといわれる「序曲 真夏の夜の夢」などを一聴すれば
その完成度は神童モーツァルトの同年代を上回っているかもしれない。
しかしである。
中野氏は、ふたりのその後の成長度合いに著しい差が生じてしまった
(メンデルスゾーンはモーツァルトのような成長を見せられなかった)
その理由を、メンデルスゾーンの置かれたあまりにも恵まれ過ぎた
経済的、社会的な環境に求めているのである。
メンデルスゾーンはモーツァルトに比して、余りにも条件が良過ぎた故に
少々向上心に乏しく、ハングリー精神にも欠けていた、そういうことなのだろう。
あまたの映画監督たちが一様にして若い頃の作品を超えるものを
遺せないその理由をメンデルスゾーンの例に見出すことはできないか。
一流監督、そう呼ばれる存在になれば、その製作環境、条件は格段に恵まれる。
(無論、それに比例したプレッシャーの大きさも相当なものであるが)
名声を守ろうとすればどうしても無難な映画作りに落ち着いてしまう。
あの「天国の門」のように一作の失敗で映画会社が消滅してしまう危険性もある、
そう考えれば背負ってたつ責任の大きさから安全運転に走ってしまう
その気持ちもわからないではない。
そのような流れが大勢であるのが映画界の現状だが、そのような中、
あえて自らの信条に拠り独自のスタンスで映画に取り組み続けてゆく、
そんな大監督が存在したっていい。
どの作品もまるで処女作のような瑞々しい感性をもち、
自分たち自身の手で映画を撮るんだという映画青年のような志を
引退作である本作品に至るまで失うことのなかった89歳の巨匠エリック・ロメール。
その姿勢は監督というよりも作家と呼ぶのが相応しい。
ロメール、ブレッソン、ゴダール、そしてあと数人の作家たち。
若い映画人やこれから映画を志す人たちには、彼らのような映画人が
いたことをぜひ忘れないで欲しいと思う。(T)